アートに触れる


 

銀座エルメスの8階はギャラリーになっていて、

今はブラジルのサンドラ・シントさんのインスタレーションが展示されています。

 

細部から何をみて何を感じる?あなたは何を見るの?と問われているような空間でした。

 

下の文章はサンドラ・シントさんの言葉です。

 

私はアートとは人々が自分自身と繋がり、自分という存在を理解する一つの方法だと信じています。そのようにして再発見された自分とは、どこか深甚で神秘的な姿をしているのではないでしょうか
― サンドラ・シント

 

「アートとは、それに触れてしまったら作る方もそれを見る人も昨日とは同じではいられなくなる触媒。」という話をしていたのは、音楽評論家の田中宗一郎さんの言葉ですが、そのことを思い出しながら過ごしていました。(この話はまた別の時に書こうと思います。)なんだか無性に絵が描きたくなりました。上手な絵を見たらそういう気持ちが湧いてくるかというと、そういうものでもない気がします。何かを動かされるような感じ。みんながどう思うのかはよくわからないです。建物も好きで、天気が良くて、ただいい気分だったからかもしれないですしね。

 

この曲もまた、いろんなことを考える曲です。

ネットフリックスのファーマシスト、見てみようかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

考えたこと - -
勇気づけられた存在たち




最近の海、由比ヶ浜です。冬の海も気持ちがいいですよね。

 

こんばんは。今日は更新が夜になってしまいました。まあ毎日ってわけじゃないけれど、なんとなく何気ないことを書いていけたらといいなと思っているので、ゆるやかに無理なくやっていければと思います。

 

先日、女性のポップアイコンって誰だった?みたいな話を友達をしていました。皆さんにもいらっしゃいますか?

パティースミスとか、フェイウォン、ビョーク、マギーチャン、シャーロットランプリング、ケイトブランシェット、シャルロットゲンズブールとかの名前が出ました。二次元だけど、大草原の小さな家のローラとか、クリーミーマミとか、メーテルとかも。まだいるなあ。自分が通ってきた、勇気付けられた存在について考えていました。

最近のミュージシャンだと、ビリーアイリッシュとか、リッゾ、アリアナグランデやジャネールモネイ、ビヨンセや、ソランジュとかになるのかしら。

 

今日の一曲

ソランジュよく耳にしました。

 

 

 


 

考えたこと - -
アートのこと

 

最近、アートとはということを良く考えます。

きっかけは、スポティファイのポッドキャストを聞いて。

 

ヨギーニューウェーブスの四人がゲストの回、ホストは元SNOOZERの編集長だった音楽評論家の田中宗一郎さんと、タレントの三原勇希さん。毎回楽しみに聞いているんですが、特にこの回をよく聞きます。

https://open.spotify.com/episode/3n67xI9Km4JajgTbNU1Q1v?si=U0V1ChjbQU-6KfqNaX8iVw

 

話の中で、こんなことを話されているのですが、

 

エンターテイメントが受動的なものだとしたら、アートは受け手も主体的なもので、作品やパフォーマンスに触れると、その作家も受け手も昨日とは同じでいられなくなる触媒ではないか。

それはもしかしたら、危険なものかもしれない。もしかしたら、昨日まで大切にしていたものがそうでなくなるかもしれないから。

 

 

でもいろんなものを聞いてみて、いろんな捉え方ができるということが、日々の中でまた違う目を持っていけるということなんだろうなとおもっています。人は疲れているときは、主体的に受け取りに行けないこともあるし、そういうときはじっとしていることもできることも含めて自由だとも思う。

 

昨日、お友達に誘われて 伊庭靖子さんの展示 「まなざしのあわい」を東京都美術館に見に行ってきました。

 

いやあ。。すごかったの。

ここ数年の中でも飛び抜けて大きなインパクトが私にはあって。

目が捉えているものと、身体に感じていること、脳がそれを理解するスピードが全然あっていなくてずっと鳥肌が立っていて。

見に行けてよかったなあ。私にとっては。また行きたい。写真ではとても理解できない。その場で見ないと。

 

人によっては全然刺さらない人もいるだろうと思います。

ものとの距離感が本当に絶妙。全てはそうだけど、好みですよね。

 

シンラに記事があったので貼っておきますね。

https://www.cinra.net/interview/201907-ibayasuko_nktkk

 

最初に話したポッドキャストは、毎回楽しみでまたこの話もしましょう。漫画の回も楽しいです。西村ツチカさんの大ファンなので。

 

 

 

考えたこと - -
ちょっと、うれしかったこと。


先日の夜、旦那さんが会社から帰ってきてすぐ「ねえねえ、武井壮の記事見た?」と話しかけてきました。
笑っていいともでタモリさんと武井さんが話していたことが記事になっていたのです。

武井さんがタモリさんに、スポーツをたくさん練習するより前にやっておくことについて話されていたこと。

良かったら読んでみてください→http://logmi.jp/5734

数日前にちょうどみていて、なんともいい記事だなあ。いいなって思っていたのですが

「あれって、ロルフィングのことだよね、ロルフィングのことだなーっと思って読んでた」と言います。私はあっけにとられて、ぽかーんとして、いる私を尻目に「あれ?そうでもなかった?」と部屋にきえていく旦那さん。

すぐに言えなかっただけなんだけど(笑)、
そんなふうにとらえているんだな。そうかあ。

うれしいな。

彼は普段べつに運動もしないし、ボディーワークのことも全然知らないです。
ロルフィングをしたとき記事のように手をあげたりしてもらったわけではないけど。
自分の身体と自分が近くいる感じをその人が感じられたら、もうそれで十分と思う。
ロルフィングのことを言葉で伝えようとするといつも難しいなとおもうけれど、それぞれの人が自分の身体で感じてくれたり、あるときふと思い出したらうれしい。

なんでも捉え方なんて人それぞれだから、いいなと思う記事をみてヨガをされている方は「これはヨガのことを書いてる!」って思うかもしれないし、坐禅をしている方は禅だって思うかもしれない。基準や入り口はなんでもいいと思うのです。

アスリートに限らず、自分の身体を思った通りに動かせるという一見当たり前だけどあんまり考えないところ。頭と身体の”ズレ”を調整すること。1つ基準を自分で感じて実感すること。
武井さん、説明が上手だなあ。そして理解のある旦那さんで本当にありがたや〜と思う今日この頃でした。
考えたこと - -
マイスターに憧れる
今日は美しい月夜ですね。こんばんは。

最近、ロルフィングにプラスして学んでいる事があり自分の心境の変化なのか、いろんな人に協力をしてもらって勉強をする機会をつくっています。お願いしますって、気軽に言える自分がとてもきもちいいです。

新しいことを学ぶことって、素直になれていい。
いつだって素直でいいと思うのですが、なかなか難しいときもありますね。

今日、靴の修理をお願いしにあるお店にいきました。ずーっと修理してくださるところを探していたんです。
そこには丁寧応対してくださる店主さんがいらっしゃいました。素朴だけど誠実な感じがにじみでていて、信頼してお願いすることにしました。もちろん、紹介してくださった方の信頼が一番であることはいうまでもありません。

街のかくれたところに、たくさんのマイスターがいます。
普通のお仕事に、プラス、ちょっとその人の手にかかると魔法がかかるみたいな。

靴繋がりでもうひとつ、夜の待ち合わせの前に有楽町に向かい、前から気になっていた交通会館の靴磨き。私以外はみなさん、ぴしっとおしゃれなビジネスマン。一人浮いています。浮きまくっています。勇気をだして並んでみました。

お二人前に並んでいたので、となりにあるコーヒースタンドでコーヒーをたのんだら割引してくださるそうです。
コーヒーを飲みながら、靴を磨く姿や、ひっきりなしに順番のカードを求める人をながめていました。

せっかくですから、いろいろ聞いちゃいました。
だって、知らないことだらけな訳です。楽しかったなあ。
目から鱗のことがたくさんで、あっという間のぴかぴかにする技にほれぼれしながら、日々のケアについて聞けて本当に嬉しかったです。どうぞ、もし興味がある方は足をお運びください。ここに書いちゃったら、聞く楽しみがないもの。

ここにもマイスターの技がきらりと。
そんなふうになりたいものです。

きらり。


考えたこと - -
人生にリハーサルはない
今日は過ごしやすくて気持ちのいい一日でしたね。こんばんは。
さっき外の空気を吸いにすこしでかけたら月が綺麗でした。満ちていく月です。

こないだ食べたsahanのごはん。

先日、映画を見に行きました。
「25年目の弦楽四重奏」という作品です。美しい音楽と、ニューヨークの町並みと、人間関係と芸術。老いと病気、話に引き込まれるし、その時間をとても楽しみました。この間みた「マスター」も後からじわじわと心に残りました。
映画館でみるのがやはりとても好きです。これからも楽しみなものが封切りになるので嬉しいですね。

作品の中で、演奏家が病気になり引退をするという決断をするというストーリーがあります。

どうして、って思う事は人生の中でたくさんあります。
その人にかわることはできず、人生は自分の足で立つことしかできない。できるこことといえば、なにかの時に役に立てるように元気でいる。ということかなと思っています。

頭で考えて悩んでしかたのないときは、自然と出る自分の行動に「したがう」だけです。
物事への情報収集はして、あとは出来る行動をするだけ。

考えたこと - -
すずしい感じあたたかい感じ
どんな週末をすごされましたか。こんにちは。

土曜日は、片山洋次郎さんと、ロルファーの田畑浩良さんの朝日カルチャーでのワークショップに参加してきました。
片山さんの野口整体をベースにしながら、独自の考えや、施術の現場での実感をもとに書かれた著書はたくさんあるので、ご存知な方も多いと思います。田畑さんは、いつもお世話になっているロルファーの先輩です。

受け手も施術する方も、そのまわりでその様子を観察する人も、ちゃんと共鳴できるんだな。そこをみようと思えば。という、面白い体験がじわっと強烈でした。
気のせい。といえば気のせいともいえるし、そこの場に一緒にいあわせた3人が同じ感覚をもって、言葉にしなくても「確からしい感じ」を同時に感じられるんだな〜。
伝える言葉の大切さ(というか、確かにそう思っていうこと)もしみじみ感じました。なにを話したか、というよりは、そのあり方について。
じんわり考えるいい時間だった。ロルファー率も高かった(笑)。

先生お二人が、あまりに自然でちょっぴりとぼけていて、でも繊細さを隠さないところもいいなあと思いました。
わかってしまうということは、もう一日を必死に生きるしかないわけです。
ほどほどに鈍感なくらいののほほーんとしているのが、多分私だし、それもまたいいんだろう。

日曜日は山梨へ。

美味しいお弁当いつもありがとうございます。
考えたこと - -
手入れをしていくということ
関東は桜がどこも満開ですね。気温が少し低くなっているから、長く楽しむことができて私はとても嬉しいです。こんにちは。

先日、真鶴のスクランプシャスにいってきました。
友人が以前からいってみたかったところを、やっと実現した大切な日。
お天気も雨の予報が途中晴れたり、なによりお店の雰囲気が彼女にぴったりで、お洋服もどれも似合っていて、ただただゆっくりそこにいるだけで贅沢という一日でした。
お店の近くの美味しいお刺身も食べたし。真鶴の美しい桜や、穏やかな海も堪能しました。
私は以前買ったシャツのお直しをお願いしました。
ゆっくり大切に着ていきたいと思うものに出会えるのは嬉しいことですよね。

先日、直しにだしていた靴もひとつ修理が終わり綺麗になってかえってきました。
新しいものに出会える喜びはもちろんあるけれど、今もっている大切なものにも、ゆっくり丁寧に時には修理をしながら手をいれて付き合っていきたいです。

3月末で閉店のウエスト目黒店。ウエストは銀座のお店しかいったことがないのですが、少し時間をとって寄ってみました。ゆったりクラシックが流れ、白くぱりっと綺麗なテーブルクロスや、磨き込まれた銀食器も変わらず美しかったです。

ミックスサンドイッチをぱくり。
考えたこと - -
きらめき
お久しぶりです。今日はきりっと寒い一日でしたね。こんばんは。
みなさんどんな日々をお過ごしでしたか。

友達の家からの景色。美しい朝。

ほんとうにいろんなことを考える日々でした。

日々のささいな。でも、丁寧にする自分だけのもしくはだれかのための時間は、ほんとうに尊く大切なものであること。
ごはんの大切さ。努力は無駄にはぜったいならずに、時間差もあるかもしれないけれど、全然違う所で突然帰ってきたりするものだということ。ことばの難しさ。なんかについて、つらつら考えていたりしました。

お友達の赤ちゃんに三人も偶然あったりね。
9年ぶりに会えた人と昔と変わらずにおしゃべりしたり。
今日も、これからのことについてお話してくれた友達ときらきらを分かち合ったり。
素敵な感想がやってきたり。
普段は、1人で考えたり、向きあったりすることが多いし、その孤独については結構好きで慣れてはいるのですが、心があたたまるこういう宝物がなにより励まされるのです。明日はどんな一日になるかな。
考えたこと - -
輝き
今日も清々しいお天気ですね。さっと窓をあけたら空気が気持ちいい。おはようございます。

昨日ははじめましての人や、久しぶりの人。
夜もお友達とのんびりお話して、一日外にいました。こういう日はとても久しぶりな気がします。

ほんのちょっと空いた時間に、東京駅のまわりを散歩しました。
夕暮れちょっと前。

銀杏は、東京が綺麗だと思う。
桜の木も多いけど、銀杏の木も多いですね。外苑前の並木も今が一番綺麗なんだろうな。

お友達に、「私の中学時代の反抗期っぷりがひどくて、弟と妹は反抗期をしそこねたとよく言われる」話をしたら思いのほか受けがよくてなんだか笑ってしまった。いまでも家族には本当にごめんよと思う。思い出すだけで顔から火がでるくらい恥ずかしいけど、両親はよく見守るだけにしてくれていたなと思う。なにかをしなさいって言われた記憶はほとんどない。
勝手に自分で制限をつくり、それに勝手にしばられそれをいいことに反抗していた。
帰り道、そのことを思い出してふふふと若宮大路を八幡宮に向かって笑って歩いていたら、夜道に坊主頭の自転車にのった中学生の男の子が1人近寄って、意を決したように「海はどっちですか」と聞いてきた。「ここをまっすぐいくと海だよ。自転車でもちょっとあるよ。」とだけつたえた。暗いし寒いよ。と思ったけれど、彼は今、海がみたいんだろうしと暖かく見送った。永遠の青春時代よ。

考えたこと - -
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